新着順:99/4891 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

オオミタカラのタラチネ

 投稿者:日月  投稿日:2021年 1月25日(月)21時18分28秒
  通報 編集済
  ホツマツタヱの話になります。

縄文の天神様達の理想は、『アメナルミチ』と表現されていました。
これは『イモセノミチ』ともいい、夫婦揃って仲良く即位する天皇のことです。
最初に即位した夫婦天皇は、国常立様から数えて4代目のウビチニとスビチニでした。
桃の種を播いて100枚目の花びらが出た3月3日に結婚したので、モモヒナギ、モモヒナミとも言います。
この2人がひな祭りのモデルになったらしく、夫婦天皇をキ・ミと言うようになったのは、この時が初めてだったようです。
ウビチニ様とスビチニ様は、生涯を通じて非常に仲が良かったそうで、臣下や民達がまねをして妻を娶るようになったので、この時以降、一夫一婦制が普及していったのだそうです。

それから4代後の話になりますが、
ソサノヲ(スサノヲ)が暴れて天照大神が岩戸隠れをする事件が発生します。
ソサノヲは兄たちのように統治者になりたかったようです。
古事記等には書かれていませんが、実はこの時、天照大神は次のような句を詠んでソサノヲを諫めています。

あまがした やわしてめぐる ひつきこそ はれてあかるき たみのたらなり

つまり、この世界では、人々も大自然も調和させながら生きていくことが、天晴れな民の両親としての夫婦天皇の役割である、ということですね。

因みにこの当時、民はオオミタカラ(大御宝)と呼ばれており、子宝と同様に最も大切に守り育てて行かなければならないものとされておりました。
たとえば、イサナギ、イサナミさんの時代だと、各地で言葉の乱れが課題となりましたが、イサナギとイサナミが『アワノウタ』を唱い、手本を示してから民と一緒に唱和を繰り返すことで、どこでも言葉がつながるようにしたそうです。
日本の民は、縄文の頃から神様に可愛がられ、愛されながら育ったのですね。
なお、上の句を詠んだ時、天照大神は新婚さんであり、まだ子供はいなかったです。

ソサノヲがまだ幼かった頃の話です。
天照大神の母でもあるイサナミ様は、末子のソサノヲが悪さを働いて田んぼを壊してしまった時など、民の食糧減産につながることを大変申し訳なく思い、開墾をしたり、焼き畑をしたりして食糧増産に努められたそうです。
イサナミ様は、結局、焼き畑の炎に巻かれて焼死してしまうわけですが、民のタラチネ(両親)の母神としての覚悟と行動力がすごかったことが分かるエピソードですね。
 
》記事一覧表示

新着順:99/4891 《前のページ | 次のページ》
/4891