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現場の底力

 投稿者:好本健一  投稿日:2019年10月 5日(土)16時07分14秒
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   tokuさん、ありがとうございます。

「先走り好本」としましては、tokuさんの、現場からのレポートに、なるほど、と関心が深まります。

 栗から出てくるクリシギゾウムシの体積が、普通の栗と山栗で、何倍も違うという成長力の差は、どこから生まれるのか?

 幼虫が生存し易い処に卵を産み付けているとしたら、その場所に当たりをつける的確な観察力のしくみは、どうなっているのか?

「消毒という名の殺菌」に、「安心」が得られないのは、「菌」についての理解を、また「菌」を殺すことへの自覚を、フィードバックしていないから?

「この辺で少し別な方法も考えて見てはどうか」という発想が、なぜ「この辺で」生まれるのか?

 宇宙を流れる時と、個の意識を流れる時に、「この辺で」大自然との調和を促そうというシンクロニシティが生まれたのか?
 だとしたら、そのシンクロニシティは、「どこから」、「何によって」生まれるのか?

 その意識の営み全体は、どのような方向性を持っているのか?

 柿が本当に実が生るのに10年位かかるんですか。
 ドジな紆余曲折が避けられない旅をしている私は、柿をパクパク食べて大いに元気をつけたいと思いました。

 肥料も剪定も一切しないのに、毎年1000個位の実を生らせる干柿用の木のエライ営み。

 私の人生で、「肥料も剪定も一切しない」で、「毎年1000個位の実を生らせる」気づきという名の「干柿用の木」のタネを植えてみたいのだけど、そんなタネってあるのかなあ、とついアホなことを考えてしまう私。

「先走り好本」は、そんな木を、エライなーと思いながら、私の意識の、田んぼの土手から見上げてみたいのであります。


 
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