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日立の国、天栄村とホツマツタヱ

 投稿者:日月  投稿日:2019年 3月18日(月)19時03分37秒
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  ホツマツタヱは、古事記、日本書紀の元になったのではないかと言われている記録ですが、崇神天皇の時代(前97年~前30年)に生きたオオタタネコさんが編集したものだそうです。
オオタタネコさんは、日中の国、大神神社の三輪山に祀られた大物主の子とされています。

712年に稗田阿礼によって古事記が、720年に舎人親王らによって日本書紀が編纂されましたが、この際にホツマツタヱの内容が排除されたことに憤慨したオオタタネコの子孫である三輪氏らが野に下り、あちらこちらに隠したようです。
ホツマツタヱは、公式には昭和41年に『現代用語の基礎知識』の編集長松本善之助さんによって神田の古本屋で再発見されたことになっています。
その後、様々な調査がなされ、伊予宇和島の小笠原家、国立公文書館の内閣文庫、昭和48年には琵琶湖高島の野々村家で、平成4年には滋賀県高島市の日吉神社からも写本が発見されています。

中でも特に古く、貴重と思われるものは、昭和42年頃に福島県天栄村の二岐温泉で発見されたホツマ関係文書です。
鎌倉時代(1185年頃~1333年)に建てられたと思われる古い蔵の中の、厳重に造られた開かずの小部屋から出てきたものです。
建物が文化財指定されていた関係で、ホツマ文字で書かれた資料が出てきた段階で宮内庁管理となり、関係者以外は一切立入禁止のまま膨大な資料が宮内庁側によって持ち出され、厳重に保管されてしまったそうです。
https://white.ap.teacup.com/hakuto/1168.html

歴史的には、この場所に平将門(903年頃~940年)の残党がやってきて、御鍋神社に戦陣用の鍋を祀ったこともあったようです。
平将門は天之御中主様を守り神としていた関係で、子孫の相馬氏は相馬中村神社などを建てています。
二岐温泉に近い天空のハーモニーに隣接する妙見山も、天之御中主様を祀っています。
不思議なのは、古代の太陽信仰の中心地、三輪山の三輪氏からバトンタッチを受けたホツマ文書が、古代の日立の国の中心地、天栄村の大徳坊山から分け入った場所にある二岐温泉から出てきたことであり、その時期が来るまで、隠された古代太陽ネットワークの中で秘匿されてきたように思われます。
 
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