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  1. 悪徳弁護士についての話題(0)
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お気の毒?

 投稿者:うすどん  投稿日:2009年11月16日(月)23時54分7秒
返信・引用
  雅子様のケースは、生まれてからずっと父親の強力なコネだけで学歴職歴と人生作ってきた人が自分でやる段になって何もできなかったというのが本質で、別にお気の毒って言えばお気の毒なんだけど同情はできないな。被害者は皇室でしょ? あの人は外務省にいてもやっぱり同じような状況になったと思うよ、半導体の会議泣きながらほっぽり出したとか仕事もあんまできなかったって言うし。それにしてもすごいのは大和田の親父だよ、外務省の高官だほんと何でもできるんだな。  
 

lakebiwa さんへ

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2008年11月17日(月)00時26分5秒
返信・引用
  最初は悪と戦う志をもっていても、さまざまな利権や権力に接するうちに、いつのまにか相手方にたましいを売ってしまう…ということはよくあることです。
権力以上に権威を笠に着た弁護士、暴力団以上にワルの警察、国を売る自衛官etc.最後の砦はジャーナリストの矜持です。
 

感銘を受けました。

 投稿者:lakebiwaメール  投稿日:2008年11月16日(日)20時43分15秒
返信・引用
  下記の記事に関しては、感銘を受けました。
最近は弁護士の不祥事が多いです。
昔は、自腹を切って冤罪の被告を何年も弁護し続けたような
弁護士もいましたが、最近は「金がすべて」と言う様な
守銭奴のような弁護士もたくさんいます。
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拝啓、三百代言様
 オレの会社の経営が苦しくなって、債務の整理をしなければならないというときに、友人として昔からつきあいのある弁護士に相談に行った。
 そうしたら、債務整理にはこの人が適任だと言って、その弁護士の義兄、つまり自分の奥さんの兄さんに事情を説明するようにと指示された。
 あちこちから借りまくったので火の車だが、なんとか会社を再生させたい、倒産や自己破産は避けたいとその人に説明したら、彼はこう言った。
 「いや、それは無理。こんな場合は、倒産させるほうが簡単だし楽。そのほうが立ち直るのが早いの。」
 こちらの言うことには聞く耳を持たない。
 倒産や自己破産は、一種の「逃げ」だ。法律上は一切の債務がチャラになるかもしれない。しかし、その道義的責任は一生消えることがない。石にしがみついても再生させ、返すべき人には返済していかなければならない。
 そんな説明をしていると、くだんの弁護士が出てきてこう言った。
 「あんたはね、A、B、C、D、Eとランクがあるとしたら、Eクラスの債務者なんだ。つべこべ言わずに、こちらの言うとおりにしなさい」
 この暴言にオレはプッツンした。
 「上等じゃないか。“E債務者”とは、いいネーミングだ。ぼくのペンネームにさせてもらいましょう」が最後の言葉だった。
 すでに数十万円の着手金を支払っていたが、オレはその弁護士への依頼を取り下げた。
 そしてその弁護士に次のような趣旨の手紙を書いた。
 「あなたは、もう忘れたかもしれない。昔、あなたが自分自身の離婚問題に悩み、このぼくに相談に来たのを覚えていますか。あなたは自分が弁護士を目指して勉強している時代にあなたの生活を支えるために夜遅くまで働いてくれた糟糠(そうこう)の妻を捨てて、弁護士になってから恋仲になった、自分の秘書と結婚したいと思い悩んでいましたっけね。
 弁護士の立場上、誰にも相談できず、ぼくたち夫婦の前で心情を吐露したとき、ぼくはあなたを非難したでしょうか。『一丁前の地位を得たとたんに、それまでさんざん苦労をかけた妻を捨てて、ほかの女に走るとは、ロクでもないEクラスの男だ』とでもあなたをののしったでしょうか。あなたの本心を見抜いたぼくは、『自分の心に正直に行動するべきではないでしょうか』とだけアドバイスしましたね。
 あなたはその言葉を勝手に自分なりに解釈し、結局離婚に踏み切った。その後、元の奥さんは、持病が悪化し、50代の若さで亡くなった。
 ぼくは、医者は身体を癒す人だが、弁護士は心を癒す人だと思っていました。単に法律上の知識やテクニックを振り回すのではなく、依頼人の願いをよく聴き、その悩みを和らげることも職務とする、尊い仕事だと思っていました。
 しかし、今のあなたはどうでしょう。依頼人の心のケアなど眼中にない。仕事の効率ばかりを追い求め、カネにならない仕事は引き受けない。挙げ句の果ては高圧的な態度で依頼人に説教をする。弁護士の所に行くくらいなら、占い師にでも相談したほうがましだと、よくわかりました。」
 「ところで、弁護士の資格のない人に法律相談をさせてカネをとる行為は、法律上の罪に問われることはないのでしたっけ」とは、武士の情けで書かないでおいた。
 この一件があったために、オレはかえって燃え上がった。こんな人間がのうのうと偉そうな顔をして世の中にはびこっていられるなら、オレが立ち直れないはずがない。オレにはカネも地位もない。でも、プライドを捨ててまで生きていこうとは思わない。
 今、こうしたエピソードを書けるのも、オレが自殺したり安易な道を選ばずに、がんばってきたからにほかならない。ありがとう、N弁護士。あなたのおかげです。
                 ――E債務者より愛を込めて
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逆の場合を考えてみよ

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2008年10月31日(金)20時55分29秒
返信・引用
  仮に逆の立場で、高貴な方が庶民に嫁がれて、万が一にもお金のことなどで苦労されたらどうでしょう。その苦しみは察するにあまりあります。『ローマの休日』のアン王女が、もし新聞記者のジョーと結婚できていたら、幸せな家庭を築き得たのでしょうか。

やはり人は生まれ育った境遇に生涯を支配されるものです。「皇室に嫁ぐ以上、その環境に適応するように務めるのが妻となる人の義務」などという論調は、観念論です。
 

雅子様はお気の毒

 投稿者:小心者  投稿日:2008年10月31日(金)19時41分38秒
返信・引用
  雅子様はお気の毒、に同じ様な意見を持つ人がいるのだなと、そうですよね。あれだけの才能を持つ人が、狭い社会に封じ込められ、おまけに批判の嵐にさらされ、プレッシャーの海に投げ込まれては、心の病を発症しないほう不思議でした。美智子妃殿下も同様だと日頃ニュースを読むたびに思ったものでした。やはり特殊な生き方を余儀なくされる、痛々しいです。  

天野雅博という人の魅力

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2008年10月25日(土)22時09分55秒
返信・引用
   僕も還暦を過ぎたじじいだから、それなりにたくさんの人を知っている。
 超大金持ちなら、財界の大立て者レベルから、不動産業界の帝王のような人まで。学問の世界なら国立大学の学長やノーベル賞候補の研究者に至るまで。
 しかし、天野雅博さんのように、不幸を絵に描いたようなどん底の世界から、人もうらやむ愛に満ちた豊かな境遇を手に入れた人は、知らない。「乞食と王子」どころではない。「虫けらと皇帝」くらいの違いがある道のりを一気に駆け上がった人だ。
 彼はまだようやく四十歳代になった人だから、ここで彼の人生や彼の人間的な価値を評価することは早い。まだまだこれから先、彼の人生にはいろいろなドラマが用意されていることだろう。
 しかし、とりあえず、彼の生きてきた四十余年間を観察すると、さまざまなトラブルやリスクに直面したときの、人間の身の処し方について、たくさんの知恵や勇気を与えてもらうことができる。
 かといって、彼はけっして聖人君主的な生き方をしてきた人ではないから、そのままをまねればよいというものではない。ある意味ではヤクザ顔負け、半端な親分や地回りならゲタを持って逃げ出すような生き方をしてきた人なので、中途半端な「応用」は危険だ。
 現代は夢のない時代である。大人たちに夢がないから、当然子どもにも夢がない。その日その日をテキトーに生きていけば、それでいいとする価値観が幅をきかせている。『SPA!』の読者に象徴される小市民的生き方全盛時代である。
 しかし、それはバブルの遺産があちこちにあり、それを食いつないでいけば何とかなったときのこと。これから先少なくとも五年は、世界的な景気の後退に伴い、超耐久生活を強いられる時代になる。パラサイト(寄生虫)の若者たちも、宿主(=親)のゼニがなくなれば外に放り出される運命にある。
 これらの人たちは、何をよすがに生きていけばいいのだろうか。僕は、天野さんの生き方の中にすべてのヒントがあると考える。「五体満足」という資本がある限り、人間はどんなことをやっても生きていける。それどころか、あらゆる幸せを手にすることができる。彼はそれを実践して見せた人である。
 しかし彼は宗教家でもなければ教育者でもない。講演や執筆活動を通じて社会教育家になる意図もあるようだが、それが本業ではない。それを本業にしたとたん、彼の魅力や説得力は半減される。
 教師を皮肉った格言に、「できる人間はやる。できない人間が教える」という言葉がある。ビジネスの第一線に立っている人なら、それが本業なのだから、忙しくて教えているヒマなどない。仕事がなくてヒマな人だったり、自分では仕事ができない人が他人に教える、というわけだ。確かに競馬や競輪の予想屋さんで、自分自身が予想を的中させて家を建てたという話は聞いたことがない。
 願わくは、今後とも九割のエネルギーをビジネスに投入し、残る一割だけを後輩の指導に振り向けるくらいのつもりでいてほしい。彼の魅力は、リング上で戦っている姿であって、解説している姿ではない。ましてやセミリタイア宣言をして外国へ逃げたり山奥にこもる年齢ではない。どんなチャンピオンでも守りの姿勢になったらおしまいだ。これからも攻めて、攻めて攻め抜いてほしい。
 もうすぐ彼の第二作『それでいいのか、サラリーマン!』が三冬社から出版される。必ず注目される本になるだろう。
 

フランさんへ

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2008年 4月29日(火)19時06分46秒
返信・引用 編集済
  コメント、ありがとうございます。

皇太子ご夫妻に限らず、夫婦というものは、それぞれの人格とは別に、ひとつの人格ともいえる尊厳を持つものです。この尊厳には、どんな人でも干渉できません。たとえ親兄弟ですら、まったく無力です。夫婦の問題は、夫婦以外に解決できないのです。助言はあり得ても、指図や命令はあり得ません。
そんな基本的なことも無視するから、“人格否定発言”が出るのです。このご発言の本質は、雅子様に対する人格否定に関してだけではなく、ご夫妻そのものの尊厳否定にふれられたと解すべきです。
何でも商売のネタにしようとする皇室ジャーナリズムも同罪です。憲法13条(幸福追求権)が天皇についてならともかく、皇族に及ばないはずがありません。
 

ブログ、拝読しました。

 投稿者:フラン  投稿日:2008年 4月29日(火)17時32分14秒
返信・引用
  「雅子様お気の毒」の文章に深く共感しました。

さっきYou Yubeで皇室関連の映像を見ていたのですが、雅子様を否定するようなコメントや、万世一致を唱えるコメントが多くて、げんなりしました。
何のための万世一致なんだと思いました。

次期天皇という立場でありながら、人格否定発言をした皇太子様は、立派だったと思います。
 

みかんさんへ

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2008年 3月 2日(日)20時21分23秒
返信・引用 編集済
  ブログへのコメント、ありがとうございます。
1.文について
「文章を書くことは、恥をかくことと同じ」というのがボクの主張です。心の底をさらけ出す覚悟のない文は、綿菓子のように口当たりがいいだけで、何も残りません。多少辛口でも、「何かが心に残る文」にすることを心がけています。

文を書こうとする動機の根底にあるものは、この世の中に自分が存在した証しを残しておこうという気持ちです。芸術家が絵を描いたり音楽を作ったりすることと同じです。怒りとは直接関係ありません。仮に怒りを文章によって表現するとしても、個人的なうらみ・つらみを書いたなら、誰も読む気になりません。感情を「個」ではなく、「公」のレベルまで高めなければ、共感は得られないはずです。

文体については、「わかってこそ文」だと思います。文は短く書けば書くほど、わかりやすくなります。つぎの2つの文を比べてみてください。
① 文は短いほうがいい。
② 文は、長い修飾語をとり除いて、できる限り短く書くようにするといい。
どちらも言っていることは同じです。でも、①のほうがずっとわかりやすい文ですね。ボクシングでも、大振りのパンチは意外と威力がありません。ノックアウトできるのは連続するショートパンチです。

2.男女間の友情について
みかんさんのおっしゃる心情は、とてもよく理解できます。
友人としてならうまくやっていけるのに、異性としては意識できないというケースは、たくさんあります。また、その逆のケースもあります。
仕事のパートナーや友人としてのつきあいは、左脳が主体の人間関係と言えます。言葉や理屈が意味を持つ世界です。
男女の関係を支配するのは、右脳の世界です。感情や官能が価値を決定します。これには幼児のときの体験や環境が深く関わっているような気がします。人間として尊敬できる人でも、抱かれたいと思わないことがあるのは当然のことです。みかんさんの場合、左脳では彼を受け入れていても、右脳ではスイッチオフの状態だったのでしょう。
それと、彼の恋愛体験の不足もあるはずです。少し大人の男なら、スイッチオフの女性に告るようなヘマは絶対しないものです。断わっても、断わられても、しこりが残ってしまいますから。
ただ、男女がお互いに尊敬しあっているときは、たいてい相手の「男らしさ」あるいは「女らしさ」を認め合っているのではないでしょうか。
最近、男女間にも同性以上の友情が成立するという、典型的なケースを体験しました。それについてはいつか文にまとめるつもりです。
 

(無題)

 投稿者:みかん  投稿日:2008年 3月 2日(日)15時03分19秒
返信・引用
  はじめまして。竹下光彦さん、のブログをはじめて読みました。
文章力がありますねえ。(←自分が文章下手なので純粋にそう思います。えっらそに言ってるつもりはないので誤解しないで下さい。)わかりやすく論理的なブログだと思いました。
何かを書きたい気持ちは、やっぱり怒りがモトの力になったりするんでしょうか?
個人的には納得いく内容が多いので、悪い印象はありませんが、エッセイを書く動機って
やっぱり怒りとか不満になっちゃうのでしょうかね。(竹下光彦さんの場合、何かに腹をたててる内容の方がおもしろいとも思うし)

男女の友情の話で、ちょっとコメントしたくなりました。
悪い意味での成立もありますよ。一緒に居て、すごく楽しいし、人間的にも嫌いじゃないのに、どおーしても、一線越えたくない人がいました。決して「友達にもなりたくないわ」という人ではなかったし、生理的に嫌いでもなかったのですが。もしも、その人とつきあったら罪悪感をもってしまうような、同性の友達とHしちゃったみたいな気分になりそうで、告白されても、つきあえなかった人がいました。でも、友達としてはいい人だったんです。異性を感じる事ができない相性ってあると思います。(断るとき、だいぶつらかった~。親友がレズをカミングアウトしてきたかのような気分でした)
 

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