teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. 悪徳弁護士についての話題(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


秋元亮祐さんへの回答

 投稿者:竹下 光彦  投稿日:2013年 7月29日(月)15時01分16秒
返信・引用 編集済
   拙著『英語はリズムで9割通じる!』(青春出版社刊)をていねいにお読みいただき、ありがとうございます。

 以下、ご質問にお答えします。

1. 「英語の拍はいくつかの音節を含むことがよくある」ということについて

 これは、「拍をbeatと訳してよいか」というご質問と関連があります。
 beat とは、心臓の鼓動や時計の秒針の音のように、「規則正しい拍」のことを意味します。ところが、英語の「拍」は、beat のこともありますが、そうでないこともあります。

 音楽にシンコペーション(切分法)という技法があります。これは、ひとつの音が、相対的に弱い音からより強い音に鳴り続けることによって生じるリズムの変化を作り出すことです。日本語にはほとんど見られませんが、英語では、このシンコペーションと同じことがよく起こります。

 たとえば、That's exactly what I want to say. (それがまさしく私の言いたいことです)という例文を見てみましょう。

 この文は9つの音節から構成されていますから、1つの音節を1拍に当てはめれば、9拍で読むことができます。しかし、実際の発音は、「タタ・ターンタ・(ン)タタタ・ターン」のように、6拍で読まれます。what I want to を what I wanna のように言えば、さらに短い拍で言うこともできます。

 なぜこのようなことが起きるのかというと、本書でも随所で述べているように、英語では「ストレスのない部分は、すばやく読まれる」という現象、つまり音楽で言うシンコペーションが起きるからです。その部分の拍が、次の強い拍に吸収されてしまうのです。

 ちなみに、このシンコペーションという技法は洋楽ではしばしば用いられますが、(伝統的な)邦楽や演歌では、ほとんど使われません。

 ですから、あなたが質問された、「強いストレスのある音節の前後ではそれよりも弱い音節は強いストレスの音節に吸着しやすいと言うことは可能でしょうか?」ということは、そのとおりです。


2. I'm making a plan. のストレス・パターンについて

 この文を「『計画を』立案中であるという意味として分けた場合、

  I'm | making | a|plan.

のように4拍で発音されることはほとんどなく、あなたが示された、

 I'm | making a | plan. (全3拍)

のように、a の拍が直前の拍に吸収されてしまいます。

 意味構造から言えば、

  I'm | making | a plan.

となるはずですが、実際の発音は異なります。これは、plan 以外にはストレスが来ないので、making a がすばやく読まれるためです。ですから、これは極端な場合、

 I'm making a | plan. (全2拍)

だけでなく、全1拍となることすら起こりえます。

 そうなると、4音節で構成されていて最後にストレスがくる単語、たとえば e-lec-tion-eer(選挙運動員)という単語と、この文のリズムパターンは同じに聞こえるはずです。まさしく、音声のリズムでは、単語も文も区別する必要がないことになります。

 以上をまとめますと、あなたのご質問に対するお答は、次のようになります。


Q1  拍と beat は同じか?

A1  同じ時もありますが、違うときもあります。「拍」にあたる英語は mora(モーラ)になります。mora とは、「一定の時間的長さをもった音の分節単位」という意味です。
 *mora は音韻論上の重要な概念なのですが、なぜか普通の英和辞典には載っていません。


Q2 「ストレス」と「アクセント」は同じ意味か?

A2  まったく同じ意味です。ただし、伝統的に日本では、単語のストレスについては「アクセント」と呼ぶ場合がほとんどです。英語の文脈で accent という語を使うと、「なまり」という意味になることあるので、注意が必要です。


Q3  文の場合、全ての音節にストレスを置くことが出来ると考えてよいか?

A3  必ず各単語のアクセントの位置にセンテンス・ストレスが来るという前提なら、そのとおりです。当然、ストレスの置かれる語が強調されるので、意味は変わります。


Q4  強いストレスのある音節の前後では、それよりも弱い音節は、強いストレスの音節に吸着しやすいと言えるか?

A4  そのとおりです。1つの単語を1つの音節とみなせば、「単語の中で起きることは、文の中でも起きる」と考えて差し支えありません。“音声のシンコペーション”は、単語でもセンテンスでも起きることになります。


Q5  1拍を1つの単語のように発音するという発想でよいか?

A5  そう考えてかまいません。英語を音声として聞いたときは、音節なのか単語なのか、あるいはフレーズなのかセンテンスなのかなど意識に上ることはないからです。


Q6  英語を拍で分析していくとき、拍の強さは、その中の音節の最も強いストレスによると言えるか?

A6 そのとおりです。音声の強弱の関係は相対的なものですから、強い部分を連続させることもできませんし、弱い部分も続けられません。意味の伝達上、不可欠な部分を相対的に強く言うことによって、全体のリズムを作りだしていくものなのです。

 以上、ご納得いただけたでしょうか。
 本書では「専門用語はいっさい使わない」という方針を貫いたので、わかりやすくなった反面、正確さを欠く部分もあったかと思います。

 今後も不明な箇所があれば、どしどし質問してください。

 
 

はじめまして

 投稿者:秋元亮祐  投稿日:2013年 7月27日(土)19時30分16秒
返信・引用
 

 はじめまして。秋元亮祐といいます。現在、英語の勉強をしています。レベルは英検準1級でつまずいています。特に英語のリズムというものに大変苦労しています。そのような時に先生の著書「英語はリズムで9割通じる」を読んで大変勉強になりました。ただ、いくつか質問してみたい、また、英語の話をしていみたいと思い今回投稿しました。いきなりで申し訳ありません。。

 先生は著書の中で「英語の拍はいくつかの音節を含むことがよくある」ということ、「単語の中では強勢の置かれる音節をアクセントと呼び、文中では強勢の置かれる音節をストレスと呼ぶ(間違って解釈していたら申し訳ありません)とおっしゃっていました。これらは僕の中で大変衝撃的でまだまだ受けとめきれていません。ストレスと拍この2つがまだよくつかめていないため、いくつか質問できたらと思います。

 まず拍というものは beat と訳すことは出来るでしょうか?また僕は今、英語の勉強として、1つの文を音節に分けて、ストレスを置いて、1つの拍を作っていくということをしています。例えば、I'm making a plan という文を僕は5つのパターンに分けてみました。の順にストレスに順位を付けました。

① I'm=1拍 making a = 1拍 plan = 1拍
 I'm=1拍 making a = 1拍 plan = 1拍
③ I'm=1拍 making a = 1拍 plan= 1拍 
④ I'm making a plan=1拍
 I'm making a plan=1拍

 単語の場合、全ての音節にアクセントを置くことが出来るように、この5つのパターンのように、文の場合、全ての音節にストレスを置くことが出来ると考えてよいでしょうか?また、強いストレスのある音節の前後ではそれよりも弱い音節は強いストレスの音節に吸着しやすいと言うことは可能でしょうか?また1拍を1つの単語の様に発音するという発想でもよいでしょうか?つまり、英語は拍で分析していく、そして拍の強さは、そのなかの音節の最も強いストレスによると言えるでしょうか?

 アドバイスを頂けたら幸いです。よろしくお願いします。

 

英語を学ぶ目的

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2013年 6月18日(火)03時51分44秒
返信・引用 編集済
  先日、ある生徒さん(40歳代の女性)から質問を受けました。

彼女は、自分が英語を学ぶ目的が見つけられない、というのです。自分の仕事は英語とはほとんど無関係ですし、海外旅行にもさほど関心はないので、積極的に英語を使う自分の姿が想像できないというわけです。

あなたがこの人に英語を教える立場なら、何と答えますか?

僕は、こう答えました。

英語は、コミュニケーションの手段です。つまり、道具ですね。ですから、あなたの質問は、「この道具を使う目的がわからない」というわけです。

では、移動の手段である、車の場合はどうでしょうか。多くの人は免許を持っていますし、車を所有している人もいます。その人たちに「あなたが車に乗る目的は何ですか」と聞いてみてください。実に多くの答が返ってくることでしょう。「目的は、わからない」と答える人はほとんどいないはずです。

でも、中には「なんとなく便利そうだから」とか、「免許は身分証明書の代わりになるから」という答も出てきます。

しかし、そういう人たちも含め、ほとんどの人が気づいていない事実は、「車の便利さは、乗ってみなければわからない」ということです。

いつ、どんな時でも、自分の好きなところに行けるという便利さは、お金では買えないほどのものです。山の中などのように、車ではとうてい行けない場所には徒歩でなければ行けない場合もありますが、多くの場合、自分の車だからこそ行ける場所があります。僕はそういう場所をたくさん知っています。自分で車を運転できるから、はじめてできることです。

英語を学ぶ目的もこれと同じです。英語が話せてこそ、可能になる世界が無数にあります。この便利さ、楽しさを、英語を使おうとしない人に説明することは、ほとんどできません。

だから、まず話せるようになることが先決なのです。それによって、新たな出会いが起こります。見知らぬ人と、心の奥底について語り合うことができます。生きる目的や、自分の信念についてすら、胸襟を開いて理解し合うことができます。この醍醐味を知らないまま、この世を去って行けるものでしょうか。

結局のところ、日本の英語教育がいつまでたっても中途半端なのは、こうした目的論について真正面から議論したりさせたりすることなく、英語教師自身が、生徒に熱く語りかけることができないからです。

ですから、「そんなこと言ったって、受験に必要だろ」とか、「英語できなきゃ、就職に不利だろ」といった、強制、脅迫、押しつけがまかりどおり、英語アレルギーの人たちが、いつまでたっても減らないのです。

ま、僕たち「業者」にとっては、これほどありがたいことはないのですが…(笑)
 

兄貴の責任

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2013年 4月11日(木)02時25分20秒
返信・引用
  弟がグレても、兄がグレるとは限らないが、兄がグレると、弟もたいていグレる。

中国は、北朝鮮の後見人であり、兄貴分を自認しているに違いないが、この兄貴の行状が威嚇、脅しのオンパレードで、先進国とは言えないグレぶりである。その結果として、弟分の北朝鮮も、グレること、グレること。

ところが弟分のグレ方が並大抵ではないので、ついにもてあまし、最近「弟がグレるのは関係諸国の責任だ」なんて言い出したが、冗談じゃない。そこまで甘やかしたのは、身内の責任以外の何ものでもない。

火遊びをする弟なら、さっさと火種を採り上げないと、火遊びが大火事にならない保証はない。言うことを聞かない弟なら、頭からバケツで水をぶっかけてやるのが兄貴の責任であり、思いやりでもある。
 

雅子さま

 投稿者:Kari77  投稿日:2012年10月19日(金)12時56分17秒
返信・引用
  貴方のおっしゃることが正に私が言いたいことで、嬉しいです。外国にいる私達の目から見ると日本の皇室はひどい所、普通の人間なら誰でもおかしくなるでしょう。  

イジメ防止の責任は父親にある

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2012年 7月31日(火)02時54分55秒
返信・引用
  今の世の中を騒がせているイジメ問題。僕に言わせると、その責任を学校の先生や教育委員会に求めても無駄。この人たちがまともに採り上げる前に、すでに取り返しのつかないところまでに事態が進んでいる。

基本的には、子ども同士の問題だから、子どもに解決させるのがいちばんいい。イジメは、放っておくとどんどんエスカレートしていくから、その初期の段階で防止しなくてはいけない。イジメの対象は、サルの社会と同じで、何をされても抵抗しない、弱い子どもが狙われる。だから、自分の子どもをイジメの標的にされたくないなら、柔道でも空手でも、剣道でも合気道でもよいから、何か武道を早い時期から身につけさせておくとよい。

肉体的な危害を加えられたら、その場で徹底的に反撃すること。それだけで、その子に対するイジメはストップする。他の誰も手を出さなくなる。最初に手を出すのはいじめっ子のリーダーになっている奴だから、そいつをコテンパにやっつければ、それ以外の者もいじめなくなる。

仮に、すでにエスカレートしていて、集団で暴行を受けるなど、子ども本人ではどうにもならなくなっていたなら、父親が直接、イジメ集団の頭を呼び出して脅かす必要がある。母親が、いじめっ子の親や担任になどに尻を持ち込んでもラチがあかない。あくまでも父親が、「今後オレの子どもに危害を加えたら、倍にして返すから、覚えておけ」といじめの張本人を本気で脅かすだけで十分だ。

イジメが原因で自殺したり、不登校になっている子どもの親を見ると、「なるほど、この親にしてこの子あり」と思われることが多い。親本人も、イジメの対象になりそうな、気弱な人が多いことに気づくはずだ。その証拠に、ヤクザの子どもがいじめられたという話しは聞いたことがない。「こいつをいじめたらヤバイ」と思うだけで、手出しをしなくなるのがふつうだ。父親は、こうした応急処置を施す最大の責任者なのだ。

もちろん、こうした対処法は、あくまでも対症療法的なやりかたで、イジメの根本問題の解決にはならない。しかし、今の時代は、だれもが事なかれ主義で、これほど簡単な手順すら踏むことがないから、イジメの集団が増長し、被害があちこちに拡散してしまう。そうなってからでは、教育委員会が出てこようが、警察が出てこようが、時すでに遅しということになる。
 

教科書がもらえなかった中学生

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2012年 4月29日(日)03時35分49秒
返信・引用
  今年の新学期、僕の塾に新しく入ってきた男の子に、A君という中学生がいます。A君は現在中3ですが、普通の学級ではなく、特別支援クラスに入っています。
A君は、いわゆる学習障害児と認定され、通常のクラスには編入されませんでした。

A君は、見たところはまったく普通の中学生と同じなのですが、テストをしてみると、計算能力がひどく遅れていて、簡単な分数計算も出来ません。小学校4,5年レベルがやっとというところです。

それでも、A君自身には学習意欲があり、ご両親も普通のクラスに入れてもらえるように学校に頼んだのですが、「通常の授業のさまたげになる」という理由で拒否されました。

僕の塾のクラスでA君を観察してみると、集中力もあるし、理解力も極端に遅いということはありません。言語能力も十分ですし、文字については普通の子どもより上手なくらいです。ただ、計算が不得意というだけなのです。何で、この子が異常児なのでしょうか。

いちばん驚いたのは、特別クラスの生徒だという理由で、教科書も配布されていないというのです。そのことで、A君はとても傷ついている様子です。僕は、A君のために、教科書を購入して与えることにしました。

僕の授業では、他の中3生とまったく一緒に学んでいます。ひとりの子に、「おいしい」は英語でなんというのか尋ねてみました。その子は答えられませんでした。ところが、A君に尋ねると、即座に delicious という単語が出てきました。普通の子より出来るではないですか!なぜ、この子に教科書が与えられないのでしょうか。

僕はこのことに、強い憤りを感じました。異常なのはA君ではない。おかしいのは今の教育制度なのです。ちょっとくらいはみ出した人がいると、「異常」と決めつけて、集団からはずしてしまう。すぐにLD(学習障害)だのDD(発達障害)だのというレッテルを貼りたがる。その人の優れた部分に着目するのではなく、遅れた部分だけを見て、十把ひとからげにだめ人間と決めつけてしまう。教育にいちばん必要な、人間愛のかけらもないではありませんか。そんなことばかりしているから、この国にはエジソンやアインシュタインのような天才が出てこないのです。

僕は俄然、やる気がわいてきました。この1年間、A君と一緒に学び、彼を普通の高校に入れて見せます。
他の医者が断るような重症患者を受け入れてこそ、本当の医者と呼べる人です。それなら、誰も引き受けない、誰も教えようとしない子どもを教えられてこそ、本物の教師と呼べるのではないでしょうか。僕は本物の教師になりたいと願っています。
 

「現代の寺子屋」が3期目に

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2012年 3月12日(月)23時24分3秒
返信・引用
  僕が香川七海さんや栗原潤子さんたちの協力を得て運営している、「無量大成塾」(無料の寺子屋)が、今月17日で今年度の修了式を迎え、来月から3期目に入ります。
『池袋経済新聞』http://ikebukuro.keizai.biz/headline/433/
『Yahoo!ニュース』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120312-00000038-minkei-l13
などに紹介されました。

小学生で漢検2級、中学生で英検準2級に合格する子が出るなど、着々と成果が出ています。

来年度からは、さらに個別学習目標を設定して、「伸びる能力を徹底的に伸ばす塾」をめざしていきます。
 

雨は、晴れの日のために降る

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2012年 3月10日(土)10時54分21秒
返信・引用
  (相田みつをふうに書いてみました)
今日も朝から、みぞれ混じりの雨。雨も2日続くとうんざりするよ。気が滅入るね。

でも、考えてみたら、雨というのは、冷たくて乾いた空気と、暖かくて湿った空気がぶつかってできるもの。大気が混ざり合って、安定するために起きる現象なんだ。

だから、雨がずっと降り続くなんてことは、ないのさ。混ざり合って、均一になれば、晴れになる。

つまり、雨は、意地悪してるわけじゃない。晴れの日にするために、空気を混ぜ合わしてくれているだけのこと。雨は、みんなの大切な日を晴れの日にするために、がんばって降ってくれているのだね。

だから、こう言おうよ。
「お~い、雨くん、がんばって降ってくれ。頼むぜ」と。
それと、「雲の上は、いつも青空」。くよくよすることなんて、ないよ。
 

外国語は、しゃべらなければ覚えない

 投稿者:竹下光彦メール  投稿日:2012年 3月 2日(金)06時40分19秒
返信・引用
  わが家にホームステイ中のシンさん、相変わらず日本語を話さない。
しかたないから、こっちが中国語をしゃべるっきゃない。

彼はこれから合気道の稽古に行くはずなんだけど、メシをたべるつもりなのかな。
尋ねてみよう。

えーと、「食べる」は確か「チー」だよな。マージャンの「喰い」は「チー」だもん。
「メシ」は「ファン」だろう。東京大飯店の「飯店」は「ファンテン」だから。
じゃあ、「あなたは、メシを食べますか」なら、
「ニー チー ファン マ」でいいのかな。
僕 「ニーチーファンマ?」
シンさん 「プーチー」(食べません)

オーッ、通じた!すげーっ。通じるじゃん。
こりゃ、おもしろい!

僕は、いつもグロービッシュのレッスンで、生徒さんたちに言っている。
「外国語は、自分の言いたいことをしゃべって、通じて、それで初めて自分のものになるんです」って。

単に聞き流していたって、永久にしゃべるようになるはずがないよね。
だまされて、何とかつー教材を買っちゃった人、目覚めてね。
 

レンタル掲示板
/20