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子どもにこそ、ホンモノを与えよ

 投稿者:竹下 光彦  投稿日:2014年 8月18日(月)09時03分42秒
返信・引用
  先日、母校の都立大泉高校付属中学で、中学2年生の夏期講習の講師として子どもたちに英語を教える機会をいただいた。

延べ3日間、70分の授業が6コマで、各コマに15人ほどの生徒が参加した。
使った教材は、ジャック・ロンドンの『生命の掟(おきて)』(原題:The Law of Life)。
2000語レベルにリライトされているが、当然、大人向けの短編小説だ。

内容は、アラスカの原住民の部族が、新しい狩り場を求めて移動するときに、足手まといとなる年老いた昔の酋長を置き去りにして行く様子を描いたもの。日本の姥捨て山の伝承を素材にした深沢七郎の『楢山節孝』と重なるモチーフである。

全部で1500単語ほどの分量だから、平均的な中学2年生の教科書の4課分、つまり1学期分くらいの情報量がある。

これを70分で読ませようというのだから、無謀な試みと言えるはず。しかも、何の下調べも予習もせずに、いきなりである。

しかし、実際に音読しながら、意味を考えさせ、わかった情景をマンガふうの略図に書いていくというやり方で進めていくと、ほとんどの生徒が話の概要を理解できた様子だった。

何しろ、自分の親を、オオカミが取り囲む氷原に置き去りにして行くという深刻な内容である。自分たちの親の介護は誰がどのような形でするつもりなのかといった問題意識を持たせながら読んでいくと、みんな真剣な面持ちで読解に取り組んだ。

読解という、本来は受動的な活動になりがち学習を、類似表現についてどう言えばよいのかを考えさせながら、発表能力を養うことを意識して進めていった。

あっという間に70分が経過してしまう。結局、3分の2ほどのところで時間が来てしまった。残りは自分たちで読むように指示しておいた。

後日送ってくれた、授業の感想文を読むと、かなりの生徒が残りの部分も自分で読んだとのことだった。

このことで感じたことは、たとえ中学生であったも、素材として与えるものは、どうでもいい日常の作り話のようなものではなく、内容自体が感動を呼ぶような、大人の鑑賞にも堪えるホンモノを与えるべきであるということである。

教師の最大の役割は、子どものやる気を引き出すことである。水っぽいニセモノや、綿菓子のように歯ごたえのない素材を与えれば、彼らは最初から読む気になれない。

ゴムぞうりのような肉をステーキとして与えれば、子どもは一生ステーキを嫌いになることだろう。子どもの味覚は大人より鋭いはずである。贅沢させる必要はないが、与えるべき時にはけっしてニセモノを与えてはいけない。

これは学習者が大人の場合でも同じ。英会話の初級クラスで交わす英語の内容は、たいてい日常生活のたわいない、どうでもよいテーマである。

学習者の英語のレベルが低いからといって、知能が低いわけではない。くだらないテーマについてしか語ることのできない教師に、母語としてなら誰でも知っている英語の知識をネタにご教授いただくことで満足している人がなぜいまだに多いのか不思議でならない。

簡単な英語を使いながら、人生の深遠な世界について論じられてこそ、大人、子どもの区別なく、学習者は英語を駆使できる醍醐味を知るはずである。

(アメブロから転載)

 
 

継続は力なり

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2014年 6月14日(土)07時44分0秒
返信・引用
  標題の言葉をよく耳にします。

「継続は力なり」という命題の対偶をとると、「力がつかないのは、続けないからだ」
ということになります。

途中で投げ出してしまうくらいなら、最初からやらないほうがましです。

僕は合気道を50歳から始めました。
始めて20年近くなる今まで、やめようと思ったことは一度もありません。

「明日の手形決済はどうしよう」
と思うような状況でも、稽古だけは続けました。

やめる理由はいくらでも見つかります。

そのほとんどが、自分を合理化し、納得させるためのものです。
つまり、理由があってやめるのでなく、やめたくなったから、その理由を見つけただけです。

そんなことをしたら、自分に自信が持てなくなってしまいます。

合気道を20年近く続けた結果、体力は同年代の誰にも負けない自信がつきました。
今でも、多い時は1日2回、3時間も稽古します。

始めたら、絶対にやめない。
その意味を知るのは、続けた人だけの特権です。

継続は、力以上のものを与えてくれるのです。
 

志保さんの本が、ついに世に出ます

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2014年 4月29日(火)21時08分29秒
返信・引用
  竹下光彦がプロデュースした、高橋志保さんの『ビジネスに大切なことは男で学んだ』(日新報道刊、1500円+税)が2014年5月末、「ついに」発売されます。

三十数年前に300万部のベストセラーとなった『積木くずし』の平成版のような本です。
同じように親子の葛藤を題材としていますが、この本はあくまでも本人の視点でリアルに描いています。しかも内容は、はるかにショッキングです。

この本は、構想から刊行までに4年かかりました。何度も何度も構想を練り直しました。
内容が過激なだけに、さまざまなスジからストップがかかり、あわや公刊断念というところまで何度もいきました。

でも、この本は単なる私生活の暴露本ではありません。親子関係や家庭教育を見直すためのさまざまな示唆に富んでいます。きっと、家族とは何か、夫婦とは、性とは、そして愛とは何かについても考え直すきっかけを与えてくれることでしょう。

乞うご期待!!




 

小保方さんは、悪くない!

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2014年 3月16日(日)04時54分52秒
返信・引用
  新型万能細胞「STAP細胞」の製造法を発見したとして脚光を浴びた小保方晴子さんへの逆風が止まらない。彼女の論文が、あちこちから切り貼りしたものであったことが判明したからだ。

それまで、「世紀の発見」、「リケジョの星」などともてはやしていたマスコミも一転して「未熟な科学者」「ずさんな才女」などと、手のひらを返したように叩くこと叩くこと。

さて、この人はそんなに責められなければいけないのだろうか。

今の時代、学術論文に限らず、ネットにあふれている情報は、ほとんどが二次情報、三次情報ばかりだ。新聞ですら、記者が現場で取材したものではなく、役所や他の報道機関が発表したものに手を加えた程度の記事が多い。

「人を見たらドロボウと思え」という言葉があるが、「記事を見たらコピーだと思え」と言えるのが現代の風潮だ。

科学論文は、まったく新しい仮説を立ててこそ価値がある。何か新しい着眼点を得たら、それを証明するために、都合のよい情報を集めようとするのは、誰でもすることだろう。

だから、たいていの論文は、他の論文や資料の引用だらけになる。その中に自分自身がすでに発表した資料や、出典を書き忘れた文献が紛れていても、少しも不思議ではない。

この問題の本質は、彼女の研究態度にあるのではない。彼女を指導した人たちの眼力が足りなかったことがすべてだ。

それまでどうやってもできなかったことが、簡単にできたとすれば、指導者の立場としては、まず「ホンマかいな」と疑ってかかるのが当然だ。発表させる前に、「徹底的に追試しなさい」と指導するのが当たり前のことではないか。

それを、「おーすごい、すごい、ついにやったね!」と、一緒になってはしゃいでしまった。まったく、おめでたい人たちばかりだったと言える。

僕の父は歌人だったから、子どものころから両親と一緒に歌会についていくことがよくあった。いい歌を作ればみんなの前で褒められる。つまらない歌だとみんなの前でケチョンケチョンにけなされる。だから、僕も大きくなったらいい歌を作りたいと思っていた。

ある日、少年雑誌の投稿欄に載っていた、他の子どもが作った短歌をそっくり書き出して、母に見せてみた。

すると母は、「すごい!アンタが作ったの?」とびっくりした。

僕が思わずうなずくと、母をそれを父に見せた。

「これ、光彦が作ったんですって」

すると、父はそれを一瞥すると、サラリと、

「光彦に作れるはずがないよ」

と僕に問いただすこともなく、にべもなく突っ返してしまった。

僕は子ども心に、「オヤジの眼力はすごい!」と思った。同時に、盗作など、絶対できないものだと思い知らされた。

母親というものは、自分の子はすばらしいと思い込みがちだから、どうしても子どもに甘くなる。でも、それは結局は、そんな態度はその子のためにはならない。

だから父親は、たとえわが子であっても、間違ったことに対しては厳しく対応していかなくてはならない。実に損な立場だ。でも、そんな父親がいてこそ、子どもはまっすぐ伸びていく。

小保方さんの回りには、そうした父親のような人がいなかったのだろう。気の毒だったとしか言いようがない。

ぜひ、今の逆風をはね返して、汚名をそそいでほしい。失敗とは、チャレンジした人であることの証しだ。失敗しない人とは、何も挑戦しなかったというだけのこと。

僕自身、失敗だらけだけど、今はそれを誇りに思っている。
 

対話力こそ重要

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2013年12月24日(火)18時42分30秒
返信・引用
  先日、相模大野教室で、グロービッシュによるディベートをしました。

その論題は、次にようなものです。

① パチンコは禁止すべし。
② 夫婦別姓を是とすべし。

いずれについても、チームの勝利に貢献したのは、二人の主婦でした。

その勝因は、英語力や論理の巧みさではなく、それぞれの社会経験から得たデータの豊富さによるものでした。

また、単語の量が限られている人のほうが、的確でわかりやすい表現を創り出すことが多いのをしばしば見受けました。

たとえば、「私の悪口を言うのはやめて」の「悪口を言う」は、
TOEIC対策や受験英語の知識があると、speak ill of ~ とか
call ~ names などのイディオムを思いつくことでしょう。

仮にこうした高級な表現を使えたとしても、相手がそれを理解できなければ意味がありません。
持ち腐れになる宝や、タンスの肥やしになる衣類は捨てましょう。

Don't say anything I don't like to others.
(気に入らないことは、他の人に言わないで)

と言えば十分です。

大阪弁で言うと、「うちの好かんこと、ほかに言わんといて」という感じです。
意味が多少ずれても、情報の量でカバーすればOKです。

暗記した例文をぶつけ合う「英会話」ではなく、自分だけの発想に基づいて、言いたいことを話し合う「英対話」こそ、ディベートの基礎になる力であることを痛感しました。この力は、国語力と直結しているのは、疑う余地がありません。




 

厚木基地内での講演会

 投稿者:竹下光彦  投稿日:2013年11月30日(土)09時19分1秒
返信・引用
  2013年12月11日(水)10:00AMより、米軍厚木基地内の将校クラブにて、竹下光彦が「通じる英語の話し方」<How to make yourself understood in English>について、英語で講演します。

アメリカ軍関係者だけでなく、航空自衛隊の幹部やその家族も参加します。
講演終了後は、簡単なレセプションも予定されています。

参加を希望される方は、12月9日(月)までに、竹下に申し込んでください。

基地内に入る際は、英文で書かれた身分証明書(パスポート)が必要です。
 

回答ありがとうございます。

 投稿者:秋元亮祐  投稿日:2013年 8月17日(土)10時58分2秒
返信・引用
  breath group は任意に設定出来るのですね。また音節から音節と拍から拍の移行には同じ原理が使われてと気がつきました。そして1拍を1つの単語の様に発音出来るのであれば、1 breath group も1つの単語の様に発音することも可能だと思いました。
例えば、I wish that I can do that という文であれば、( I wish) ( that I can) ( do that) と3拍で読むことも出来ますが、(I wish - that I can - do that) の様に1拍を1つの音節の様に捉えて、breath group を1つの単語の様に発音することで、より滑らかに読むことが出来ました。
最近は英語の勉強が楽しいです。それも一重に先生のおかげです。ありがとうございます。
 

質問へのお答えⅡ

 投稿者:竹下 光彦  投稿日:2013年 8月13日(火)21時31分49秒
返信・引用
  秋元亮祐さんからの2回目の質問にお答えします。


【質問】
もう1つだけ質問してもよろしいでしょうか。実は breath group の理解にまだ自信がありません。先生の著書から引用させて頂くと、、、
①  ( When it is hot, =1拍 ) ∨ ( we want to drink =1拍 something cool=1拍 )
② ( He is, =1拍 ) ∨ (  as far as I know,=1拍 ) ∨ ( younger  than =1拍  his wife =1拍 )
()でくくった部分を1つの breath group と考えれば、 ① は2つの breath group、②は3つのbreath group から成りたっていると考えられて、breath group = 一息で話すまとまり、これは複数の拍で構成されることもある。と考えてよいでしょうか?

【回答】
breath group (一息で発音するときの区切り)は、通常 sence group (意味上の区切り)と対応します。

sence group は、意味構造上の制約があるので、任意に設定できませんが、breath group は発話者の発話速度や感情表現にも左右されるので、任意に設定できます。

したがって、breath group は本来、絶対的なものではありません。

お示しの When it is hot, we want to drink something cool. は、
When it is HOT, / we want to DRINK / something COOL.
のように、大文字の部分にストレスを置きながら、2拍ずつ、計6拍で読むことができます。

当然、① のように、breath group 自体が1拍に対応するわけではありません。
「breath group = 一息で話すまとまり、これは複数の拍で構成されることもある」
という記述は、そのとおりです。

② の He is / as far as I know. / younger than / his wife.
の例の場合も、breath group としては、上記のように区切るだけでなく、
He is as far as I know, / younger than his wife.
のように区切りこともできます。breath group 自体が拍を構成するわけではありません。

【質問】
「また、①の場合 we want to drink から something cool の移行部分、②の場合 younger than から his wife の移行部分に breath group とは違う若干の区切りを感じます。区切りというと少し違う感じがします。 breath group の時と違って、ブツっと切れている感じがしないからです。つまり、拍と拍の間には必ず(?)若干の「間」の様なものがある。この様に考えてよいでしょうか?

【回答】
これは、かなり鋭いご指摘です。

そのとおり、When it is hot, / we want to drink / something cool.
は、最初の / と、次の /  では、ポーズ(間)の長さが違います。

これは、最初の / までの部分が sence group であり、かつ breath group なのに対して、次の / までは、単なる sence group であって、必ずしも breath group になるとは限らないからです。

ですから、これを完全に表記しようとすれば、次のようになります。
When it is hot, // we want to drink / something cool.

2番目の例文でも、この表記法によれば、以下のように表すことができます。
He is // as far as I know, // younger than / his wife.

―以上―
 

今日のヨコスカグロービッシュ

 投稿者:竹下 光彦  投稿日:2013年 8月 6日(火)00時10分38秒
返信・引用
  今日(8月5日)のヨコスカグロービッシュは、参加者14名で、とても盛り上がりました。

インストラクターが振付師に徹して話してもらえば、みんな本気でしゃべり出すことを目の当たりにしました。それはみごとなもので、感動的です。

私たちが開発した方法論が、花開きつつあります。

 

返信ありがとうございます

 投稿者:秋元亮祐  投稿日:2013年 8月 4日(日)15時33分33秒
返信・引用
  詳しく回答して頂きありがとうございます。

拍のことは mora というのですね。シンコペーションについても初めて知りました。シンコペーションについて、少し調べてみましたが難しいですね。。でも、負けじと頑張ります。

もう1つだけ質問してもよろしいでしょうか。実は breath group の理解にまだ自信がありません。先生の著書から引用させて頂くと、、、
 ( When it is hot, =1拍 ) ∨ ( we want to drink 1拍 something cool1拍 )
② ( He is=1拍 ) ∨ (  as far as I know,=1拍 ) ∨ ( younger  than =1拍  his wife =1拍 )
()でくくった部分を1つの breath group と考えれば、 ① は2つの breath group、②は3つのbreath group から成りたっていると考えられて、breath group = 一息で話すまとまり、これは複数の拍で構成されることもある。と考えてよいでしょうか?

また、①の場合 we want to drink から something cool の移行部分、②の場合 younger than から his wife の移行部分に breath group とは違う若干の区切りを感じます。区切りというと少し違う感じがします。 breath group の時と違って、ブツっと切れている感じがしないからです。つまり、拍と拍の間には必ず(?)若干の「間」の様なものがある。この様に考えてよいでしょうか?

再三の質問よろしくお願いします。



 

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